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大阪高等裁判所 昭和59年(う)469号 判決 1985年4月05日

被告人 西忍

昭一七・一〇・二生 会社役員

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人渡邊俶治、同松浦陞次連名作成の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、検察官沖本亥三男作成の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。

一  控訴趣意中理由不備、法令の解釈適用の誤り(違憲の主張を含む)の主張について

論旨は要するに、公職選挙法(以下単に法という)一四八条二項のかつこ書の「選挙運動の期間中及び選挙の当日において定期購読者以外の者に対して頒布する新聞紙又は雑誌については有償でする場合に限る」との規定は憲法二一条、二二条、二九条三項、一四条に違反する無効の規定であるのに、原判決が右違憲の主張に対し何らの判断も示さずに右規定を適用して被告人を有罪としたのは判決に理由を付さず、かつ、法令の解釈適用を誤つたものであるというのである。

そこで所論にかんがみ検討するのに、法一四八条二項は新聞紙等が選挙に関し報道、評論を掲載する自由を保障した同条一項本文の規定をうけて、新聞紙等の販売を業とする者が選挙に関し報道、評論を掲載した新聞紙等を通常の方法で頒布することを認め、通常の方法によらないで頒布するときは法二四三条一項六号でこれを処罰することとしているのであるが、ここにいう通常の方法は従来からその新聞が行なつてきた方法又は新聞が一般に慣例としている方法を指し、選挙運動の期間中及び選挙当日においては、法一四八条二項かつこ書により定期購読者以外の者に対して有償で頒布する場合に限るとされている。

そして選挙に関し報道、評論を掲載した新聞紙を通常の方法によらないで頒布することが禁止されるのは、もし通常の方法によらない頒布を認めると無差別、無制限、大量に頒布されることが可能となり、特定の候補者の得票について有利又は不利に働くおそれのある報道、評論が街に氾濫し、選挙運動に不当な競争を招き、法一四二条、一四三条、一四六条等文書図画について厳重な制限を加えた趣旨が没却され、選挙の公正を害し、その適正公平を保障しがたいことになるおそれがあるからであると考えられる。

そこで選挙運動の期間中及び選挙当日において定期購読者以外の者に対する無償頒布が通常の方法でないとして禁止される理由について考えるのに、有償頒布のみを通常の方法としている新聞紙については無償頒布が通常の方法に当らないことはいうまでもなく、これが無償頒布により生じる弊害は前記通常の方法によらない頒布により生じる弊害と全く同一で選挙の公正が害されるおそれがあるから、無償頒布が禁止されることについて合理的理由のあることは明らかである。次に通常定期購読者に対してのみ有償頒布し、その余の者に対しては無償頒布している新聞紙については、無償頒布が直ちに通常の方法によらないものということはできないのであるが、もし無償頒布を通常の方法として認めることになると、やはり前記のように無差別、無制限、大量の頒布が可能となり、通常の方法によらないときと同一の選挙の公正が害されるおそれがあるばかりでなく、もともと有償頒布の部数が無償頒布のそれに比し極めて少ないような新聞紙については、有償頒布が全くなくて新聞紙発行に要する多額の費用をすべて特定の個人、団体で賄つている新聞紙と同様右特定の個人、団体の主観に支配され易く、記事の客観性を保持し難いと思われるから、たとえ一部有償頒布があつて法一四八条三項の要件は具備されているとしても、とくに公正が要請される選挙運動期間中及び選挙当日において無償頒布を通常の方法として認めることは、有償頒布を通常としている新聞紙でさえ無償頒布が禁止されていることにてらし妥当ではなく、結局一部有償頒布の新聞紙についても無償頒布を禁止することには合理的理由がある。

そうすると、結局法一四八条二項のかつこ書は無償頒布によつて選挙の公正が害されるおそれがあるためこれを禁止したのであるから、たとえ無償頒布であつてもその掲載記事の内容、頒布の方法、数量のいかんにより選挙の公正が害されるおそれがないと認められるときはその違法性を阻却されると解すべきであり(昭54・12・20、最高裁第一小法廷判決―刑集三三巻七号一〇七四頁参照)、そう解する以上右かつこ書は選挙の適正公平を確保しようという合理的理由に基づく表現の自由に対する必要最小限の制限であるから、憲法二一条に違反しないというべきである。

そしてまた通常一部有償でその余を無償で頒布していた新聞紙は選挙に関する報道、評論を掲載する限り選挙運動期間中は右無償頒布を中止しなければならず、従つてその間頒布部数を減らさざるを得ず、広告料に影響を生ずるかも知れないが、右選挙運動期間はさほど長くなく、とくに旬刊紙の場合右期間中発行される回数は極めて少く、新聞経営が法一四八条二項かつこ書のため不可能となりひいて職業選択の自由が奪われるとはとうてい考えられないから、右かつこ書が憲法二二条に違反しないことは明らかである。

また右かつこ書による無償頒布の禁止は前記のとおり選挙の適正公平を確保するためであり、社会の公器として選挙に関する報道、評論の自由を保障されている新聞紙の販売を業とする者が無償頒布ができなかつたからといつてこれによる損害の補償を求めることは権利にともなう責任を無視するもので失当であり、右補償に関する規定を法が設けていないのは当然であつて、右かつこ書が憲法二九条三項に違反しないことも明らかである。

さらに政党等の機関紙については法二〇一条の一四の一項により通常の方法で頒布することができ、無償頒布は必ずしも禁止されておらず、同条違反の処罰も法一四八条二項違反のそれに比し軽いのであるが、選挙が政党の政策を中心として争われる現在右政策宣伝を目的とする機関紙と報道の客観性、中立性が強く要請されている一般新聞紙とはその目的、機能、性格、読者に与える影響においてかなり異なるところがあり、従つて一般新聞紙に対する制限が政党機関紙に対するそれより厳しく、違反に対する処罰が重くなることもやむをえないものであり、右差異があるからといつてとくに不合理ということはできず、法一四八条二項のかつこ書が憲法一四条に違反するともいえない。

所論は種々例をあげ、また法一四八条等の立法改正経緯等を詳述し、同条二項かつこ書の違憲性を主張するのであるが、右主張は結局客観性を重んずる一般新聞紙と宣伝的内容に傾き易い政党等の機関紙とを同一視し、無償頒布により中立的一般新聞紙を装つた政党等機関紙に類似する内容の新聞紙が氾濫するおそれのあることを無視ないし軽視する点でとうてい是認し難く、右主張はいずれも採用できない。

してみると、法一四八条二項かつこ書の規定は憲法二一条、二二条、二九条、一四条に違反しないので、右かつこ書を含む同条項の合憲であることを一応是認しうる理由をあげて説示し、被告人の所為に対し同条項を適用した原判決に理由不備、法令の解釈、適用を誤つた違法は存しない。論旨は理由がない。

二  控訴趣意中事実誤認の主張について

論旨は要するに、本件新聞紙「おおさか」の性格、頒布目的、掲載内容にてらすと被告人の本件無償頒布がたとえ法一四八条二項かつこ書にあたるとしても選挙に関する公正な報道、評論を行なつた正当業務行為としてその違法性は阻却さるべきであるのに、被告人の本件無償頒布は大阪府知事の選挙に際し岸昌候補に当選を得せしめる目的でなされたもので正当業務行為にあたらないと認定した原判決は事実を誤認しているというのである。

そこで所論にかんがみ記録を調査して検討するのに、被告人が昭和五七年二月に株式会社「大阪ジヤーナル」を買い取り、同年三月二一日号から「おおさか」を旬刊紙として発行し、同年中は毎号一万部位そのうち八五〇部ないし一〇〇〇部は郵便又は配達で有償頒布し、残余はアルバイトの配達員に頼んで無償頒布していたが、昭和五八年一月一一日号から本件の三月二一日号までは毎号五万部から五六万部(本件の号は原判示三万四〇九七部を含め一〇万部)合計一二九万余部を頒布し、そのうち毎号三万五〇〇〇部から五四万八〇〇〇部(本件の号は七万四七〇〇部)合計一一九万余部を新聞折込で無償頒布し、毎号二〇〇〇部位は折込以外の方法で無償頒布し、その余は有償頒布し、当時定期購買者は約七〇〇〇名であつたこと、旬刊紙「おおさか」はもともと岸昌大阪府知事の再選をより強力に推進する目的で岸府政の成果、将来のビジヨン等を広く大衆に訴えるべく、大阪府政、関西新空港等に関する記事を中心として編集発行されてきたもので、とくに昭和五八年一月一一日号からは岸府知事の挨拶、抱負、岸後援会、決起大会の模様、岸府知事を推賞する記事が掲載され、本件三月二一日号には一面全部に岸候補府知事選出陣式の模様、二面には再選をめざす岸陣営の決起集会の模様が掲載されているが、他の立候補者のことにはほとんど触れておらず、同日号は全体として選挙に関する公正な客観的、中立的報道であるとはいい難いことがいずれも認められる。そしてこのような「おおさか」発行の目的、大阪府知事選の始まる三か月位前から従来の頒布の数量方法を一新し、新聞折込の方法によつて無償頒布の数量を急激に増大させたこと、「おおさか」に掲載の記事内容をあわせ考えると、被告人が本件無償頒布によつて岸候補の知名度を飛躍的に高め、府知事選挙を有利にしようとしていたことが明らかであつて、所論のように単に経営改善のため定期購買者を増大させようとの目的から本件無償頒布がなされたものとは認め難い。従つて被告人の本件所為をもつて公正な選挙を害するおそれのない、違法性を阻却すべき正当業務行為にあたるものとはとうていいえず、これと同趣旨の判断をした原判決に所論のような事実誤認の違法は存しない。

所論は選挙に関する記事に虚構、歪曲がない限り候補者の選択報道も許されると主張するのであるが、本件は法一四八条一項但書違反に問われているのではなく、同条二項かつこ書の無償頒布にあたるとしてそれが選挙の公正を害するおそれがあるかどうかが問われているのであり、本件のように岸候補のことのみ掲載されている新聞が大量に無償頒布されれば、岸候補を推せんする選挙用文書が無制限に頒布されるのに等しく選挙の公正が害されることが明らかであつて、右主張は無償頒布を全く考慮しない点で採用できない。論旨は理由がない。

よつて刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却し、当審における訴訟費用は同法一八一条一項本文により被告人に負担させることとし主文のとおり判決する。

(裁判官 松井薫 村上保之助 菅納一郎)

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